*「誰も知らない女」(トマス・H・クック著)

だれも知らない女 (文春文庫)

だれも知らない女 (文春文庫)

外国文学は知っている作家に限る。安心して読める。『心の砕ける音』や『死の記憶』『緋色の記憶』などで知った作家の、さらに遡ること約10年。そんな作品を古書店で見つけて手に取る。読み始めれば相変わらずあっという間にフィナーレだ。
 設定が良い。「死体となってもなおかつ美しい女性。しかし誰も知らない。友と呼べる者がいない」「両親は彼女が小さい時に亡くなっており、唯一の肉親は歳の離れた姉」「妹の死を聞いても動揺しない姉」「十分な遺産・妹に負けず劣らぬ美貌の姉」「殺された妹は妊娠6週目。しかし処女で懐妊したような状況」・・・
 彼の作品は絵画または映像を見ているような描写力。主人公の刑事が犯行現場、関係者を渡り歩いてメモしていき、そのメモから新たな疑問を見つけ真相に一歩一歩辿り着いていくシーンは、玄人好みの展開である。
 心にメモしておきたくなるよなセリフも多い。主人公が細かくメモしていくシーンでこういうやりとりがある。

 「どうしていちいち書き取るんですか」
 「さっき言ったようにもの覚えが悪いんです」
 「そうじゃないでしょう。記憶力の良い悪いとは関係ないはずです」
 「事実を全部自分の手の内に握っていたいんですよ」
 リントンは鋭い目差しで見返した。「ばかな。クレモンズさん、きっとあなたはそんな手帳をいっぱいどこかにしまっているんでしょう。捨てないでそっくりためていると思いますがね」
 しばらくフランクは自分の散らかった戸棚の箱の中に緑色の手帳がごっそり積んであるのを思い出していた。その1つ1つには保存するだけの価値のある人生の知識が詰め込まれているかのように、全部とってあるのだった。

 執拗な刑事の人生観と彼の部屋を一瞬で表した文だ。犯人は一体・・・!? 何気ない関係者の一言で、犯人が分かる人がいたらさすがだな、と褒めたい。そういう鋭い人がいるものだよね。