*『実はスマホが壊れている at Mt.Fuji』

 写真を撮ってあげますよ。このひと言が悔やまれる。バックしている間に後ろにあった岩で転倒。大したことは無かったが、ズボンの後ろにいれてあったスマホの画面が映らなくなってしまった。そのため至極不自由している。思えば、ガラケ−との2台持ちはいささか面倒だったが、ずいぶんと出費を抑えられた。
 ヤマップは優れたアプリで、GPSを駆使し、いまあなたはどの辺です、とか、標高何mですよと(ついでに消費カロリ−さえも)教えてくれる。四国を一緒に回った親友はそれまで遭難しそうになった時は・・・と裏技を教えてくれたものだが、このアプリのおかげで「遭難することは無い!」と断言するほど。
 以前、荒島岳を登った時は、下山した時終了ボタンを押さなかったので、それから数日都内まで延々と移動していることになっていた(笑) 今回は富士山だ。7合目くらいでアクシデントは起こった。ちなみに画面が映らないだけで、LINEなどは反応しているんだ。おそらくヤマップの中で私は富士山から都内までずっと移動中で、留まることを知らないのだろう。
 修理よりも新品購入の方がお得ですよ、と相変わらずのお国柄。新機種でヤマップを開いた時が怖い。

 「僕はもう、きっとすでにご存知のこととは思いますが、山を降り去ったのですよ」
 目の前にいる富士山の形をして真ん中にQのついたストラップ(スマホの時代に、このストラップの存在理由は何なんだろうか)は、いやぁ残念なんだけど、と言う風に頭を大きく揺らしながら、
 「そういう訳にはいかないのですよ。あなたは今ここにはいない。まだ7合目の岩のそばにいて、倒れた時に痛めた左肘をさすっているのです」
 その傷ももう癒えてきたな、と服の上から見えるわけも無いのにチラッと見てしまう。
 「だけどさ」そんなストラップに語りかけている僕は自分が情けなくなってきて仕方ない。自分は一体何をしているんだ。
 「だけど僕はここにいる。昨日も会社に行って隣の吉岡と話をして、昼はいつもの店で一緒に食事して・・・」
 「ねえ、いいですか?」強めの口調に僕は話を止める。
 「あなたの魂は7合目で震えている。ヤマップをみてご覧なさい。あなたはそこから一歩も動いていない。幸いこの季節ならまだ何とかなる。でも半月もすれば、あなたはあそこに行くことができなくなるかも知れない。そうしたら」
「そうしたら・・・?」僕は気になって話の続きを待つ。しかしその一言が余計だったのか、ストラップ富士山は首を傾げたまま(それは非常にシュ−ルな構図だったが)こちらをみつめるままだ。その答をあなたは知っているでしょ? とばかりに。
 「さあ!」
 「え、今から?」
 「今です。時は今!」
 そんなセリフ、明智光秀だったかが言ったような気もするのだが。実のところフロからあがって、もうそろそろ寝ようかと思っていたところなのに、だ。
 やれやれ。押し入れから山ザックを引っ張り出し、前回全く不要だったダウンジャケットなど詰め始める。LINEで明日会社を急遽休むことを伝える。明日で片が付けば良いのだけれど。やれやれ。車のキ−をポケットにねじ込み、扉を開ける。深夜の国道を、僕は車を西に走り出す。