「くぅ」(1)

くぅ

 早智子が10歳の時、パパとママが嫌がる早智子の手を引いて訪れたのは、隣町の暗闇祭りだった。長い歴史を誇る暗闇祭りに、パパは中学生の時から何度も行ってたらしい、聞いた話だと。でも早智子が小さいから、ずっと遠慮していたんだと後から聞いた。
 暗闇と言っても、夜店も出ている、少し離れた県道からは水銀灯の灯りも漏れてくる。だからそんなに怖くないのさ、怖がりな女の子を除いては。
大きな鳥居のある参道の入り口で、へっぴり腰で後ずさる早智子の手をしっかり握って、
「大丈夫だよ、パパが手を握っているだろ?」
と言うのだけれど、この暗闇の中には何か邪悪なものが私を待っている。そうしたら二度とママやパパには会えなくなるんだと、早智子は決めこんでた。なのにパパの強引さに押し切られてしまった。
 パパは早智子のご機嫌を取ろうと、普段なら絶対買ってくれない、いつもより高めの焼きそばや、たこ焼きを買ってあげるよ、と言うのだけれど、言われれば言われるほどムキになってほっぺをふくらましちゃう。そんな早智子をママはいつもの優しい笑顔で見守ってくれた。こんなんで私の機嫌は取れないのよ。
 でも「あんず飴」の誘惑に勝てなかった。早智子が頷き、屋台のおじさんが、真っ赤なあんず飴を手渡ししてくれた。その時パパとの手が離れた。アッ・・・と思う間もなく流された。まるでよく行く市民プールの流れるプールのように。暗闇の中に。
「ママー! パパー!」  ・・・(続く)