くぅ(3)

仙人は優しい眼差しで早智子を見つめ、
「これはな、ヒマラヤの麓にある小さな村でしか見つからない不思議な生き物じゃ。欲しくなったかな、お嬢ちゃん?」
 早智子は「うん!」と間髪入れずに答えたものの、自分にお小遣いなど無いことに気付いた。それにこのペットは、早智子が今まで貯金してきたお年玉では買えないだろう。よく行く郊外のDIYショップの奥にあるペットコーナーでペットの値段はおおよそ知っている。
「お金のことを考えているじゃろ?」
 やはりこの人は仙人なんだわ。私の考えていることは全部分かるんだ。一歩後ずさりしたものの、可愛いペットから目が離せない。
「大丈夫じゃよ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんが持っているその飴と交換してあげよう」
「え、ほ、ホントですか? いいんですけど」早智子はもじもじしながら、あんず飴にめをやった。
「・・・もう、少し舐めて減ってるんですけど・・・」
「フォッフォフォ、構わん構わん」
 早智子はサッとあんず飴を差し出すと、返す手でその生き物を手に取っていた。
「おじいさん、これ何て生き物!?」
「名前なんてどうでも良い。お嬢ちゃんが付けた名前がこの子の名前じゃ」
「ねえ何を食べるの? 注意することは?」
「お嬢ちゃんが好きな食べ物は何でも食べる。水はそばに置いて気付いたら換えること。あとはお嬢ちゃんが優しくしてあげればいい。お嬢ちゃんが愛してあげれば、すくすく育つじゃろ。」
「ねぇ他には?」早智子の視線は両手の中の生き物に釘付けだ。ぬいぐるみなんかより何倍も気持ちがいい。頬ずりすると、小さく
「くぅ」と鳴いた。
「それだけじゃ。それだけで病気にもならない。分かったかい?」
「うん、分かった!」
「・・・ホントに分かったかい? 忘れちゃいかんよ」
「うん、ありがとおじいさん!」
 早智子は目をつぶってぎゅーって抱きしめた。「私のくぅちゃん!」


目を開けると、喧噪が戻ってきた。遠くに県道を走る自動車の音がする。
「どこ行ってたんだ早智子!?」
「そうよ、パパたち、すっごく探したのよ」ママは怒ってるんじゃなくって、ホッとした感じで言う。ちょっと早智子は泣きたくなった。一拍置いて、パパを振り返りながら、
「ねぇ、くぅだよ! 飼って良いよね?」と早智子は開口一番に言った。
何か言いたげなパパだったけど、ママと目を合わせて、大きく(はぁ)と息を吐いていた。うちのマンションではハムスター程度なら飼って良いので、瞬間そのことを思いだしたのかも知れないな   ・・・(続く)